〜〜2009年2月8日の『庭番便り』から〜〜

『芥川賞を取らなかった名作たち』
 


『芥川賞を取らなかった名作たち』 佐伯一麦 著
 朝日新書(朝日新聞出版)  2009年1月 刊
 定価780円+税

取りあげられた作品(掲載順):太宰治『逆行』北條民雄『いのちの初
夜』木山捷平『河骨』小山清『をぢさんの話』洲之内徹『棗の木の下』
小沼丹『村のエトランジェ』山川方夫『海岸公園』吉村昭『透明標本』
萩原葉子『天井の花 三好達治抄』森内俊雄『幼き者は驢馬に乗って』
島田雅彦『優しいサヨクのための嬉遊曲』干刈あがた『ウホッホ探検隊』


 
 あちこちで評判になっているこの本。市内の書店では発売早々売り切
れのところもあったようです。火星の庭にも入荷しました。佐伯さんに
ご来店いただきサイン(万年筆・落款入り)をしていただきました。

 佐伯さんは高校生の頃、文芸評論家をめざしていたと聞いたことがあ
ります。読み進めながら、こんな風に小説を読めたらどんなに楽しいだ
ろう、一つの芸だ、と思う。「読みの眼」を鍛えることは「書く力」と
直結している。創作の秘密もあちこちに開陳されている。
 言葉は生まれてから覚えるものだから、自分が話す言葉書く言葉は、
聞いたり読んだものからできている。と佐伯さんが言っていた。言葉の
表現を磨くには読むしかないのですね。だからこの本は書くための本で
もあるわけです。
 当時の芥川賞審査員達の選評もおもしろい。作品について語る言葉が、
貴重な文学論になっている。あと、審査員同士の駆け引きみたいなもの
も感じる。火花が見えるようだ。
 

 
 雑誌『en-taxi vol.24』での、佐伯一麦さんと坪内祐三さんによる
「『芥川賞を取らなかった名作』たちを巡って」という対談も合わせて
読むとおもしろいです。本に収録されなかった推薦作品が坪内さんセレ
クトと合わせて載っています。en-taxiには前号から佐伯さんの短篇小
説が連載されていて、最新の佐伯ワールドを堪能できます。

 この新書の見本ができた年明けに佐伯さんのお宅へお邪魔しました。
「一の蔵 純米吟醸」を持って。「麦の会」で知り合った小説家志望の
Kさんと佐伯さんの熱烈な愛読者Tくんと。どちらも同世代の男友達。佐
伯さんのお宅は、仙台の中心部からやや南西の丘の上にある。となりに
は真新しい鉄塔があって、読者だったら小説の舞台に舞い降りた気分に
なるでしょう。お年始のように『芥川賞を取らなかった名作たち』をい
ただく。「前野さんのところには後で出版社から届くから」とおあずけ。
 
 火星の庭でも作品を取り扱わせていただいているテキスタイル作家の
神田美穂さんは、佐伯さんの奥様で、壁には神田さん作のタペストリー
がかけられていた。創作を生業とするお二人が住む場所は、静謐で穏や
かな空気が流れている。窓からは数十キロ彼方の仙台港まで絶景がひろ
がる。仕事場は別なので、蔵書は覗けなかった。以前は一緒だったので
見せていただいたことがある。戦前戦後の小説・評論が2000冊くらいか。
最近の本はほとんどなかった。
 
 火星の庭を始めてすぐ、佐伯さんから一冊の古書目録をいただいた。
月の輪書林の目録1996年9号「古河三樹松散歩」だった。はい。と渡さ
れて読んだらたまげた。こんな世界があるのかと。そして、ちょっと落
ち込んだ。恐い世界だなぁ、古本屋って。と。でもこの目録のおかげで、
高い頂上があることを知って、古本屋としての気構えがまったく変わっ
た。
 
 後で私が見た本棚は蔵書の一部で、「ここ2年分の文芸誌はすべてとっ
てある」そう。横で神田さんが「あれ、どうするの?重くて大変」と苦
笑していた。
 Kさんが持参した地元名取市閖上港の赤貝が見たことない大きさで、
皆で舌鼓をうった。なんでも築地では赤貝のお寿司一貫が2000円する
のだとか。一瞬手が止まる。仙台にはほとんど流れず、築地へ直行する
貴重品。ほんのり甘くて、こりこりといい歯ごたえ。
 佐伯さんがいい酒がある。とベランダから搾りたての生酒の一升瓶を
取り出した。冷気で冷やしておいたらしい。飲むと視界がぱっと明るく
なりお米の香りに包まれる。
 
 クラシック好きのTくんが佐伯さんの『読むクラシック』(集英社新書)
について触れると、佐伯さんが立ち上がり押し入れの襖を開けた。なか
には数百枚のCDが整然と並んでいて、一番手前には真空管が2本ついた
プレーヤーがあった。クライバー指揮のベートーベンやブラームスをか
けてくれる。

 だいぶお酒がまわった頃、佐伯さんが「大げさなやり方じゃなくて私
の好きな作家を紹介していこうかな、と思っている」とおっしゃるので、
「それはぜひやってください。楽しみです」と言うと、「いや、前野さ
んの店でだよ」と。へ!?「直筆で解説書くからさ」。ほんとにほんと?
と何度も確認してしまった。ということで、佐伯さんがすすめる小説コ
ーナーが店内に誕生するかも。春までは佐伯さんの執筆がたて込んでい
るので、それ以降に。

 よく笑った一夜。ふと気がついて、おそるおそる聞いてみる。佐伯さ
ん、今日のことホームページに載せてもいいでしょうか。あぁ、ぜんぜ
ん構わないよ、なんでも書いて。さすが。きっとKさんも「Kなんて書
かないで実名で書けよ」と言うだろうな。

 3週間後、サインのために神田さんと一緒にご来店いただいた。前回
ご馳走になったお礼もこめて、簡単な食事とお酒を用意していた。佐伯
さんは明日午前までの〆切りをかかえ、お酒は控えめ、表情も少し険し
い。作家という仕事の苛酷さを見るよう。無理をして来ていただいたの
ではないかと恐縮しつつ、でもひょうきんなTさんの笑い話に、大笑い
してジョークも飛ばしていたので、気晴らしになっただろうか。だとい
いのだけど。
 最後の最後に小説論のような話になり、「小説と記憶の関係」につい
ての話がすごくおもしろかった。私は阿呆なので無知を丸出しにして、
ついなんでも聞いてしまう。間髪を入れずに佐伯さんはすらすら答えて
くれる。ふむふむ。な〜るほど。あ!時間ですね。こんどじっくり聞か
せてください。と言ってお開きに。

 『芥川賞を取らなかった名作たち』は、文学の多様な魅力がわかりや
すく書かれていて、どなたにもおすすめです。サイン本、欲しい方はお
早めにどうぞ。


 
 
 
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