【コロなか文庫ができるまで】

   2020年8月末から約1ヶ月、瀬尾夏美さんと小森はるかさん
  が参加する展覧会「ことばのいばしょ」展が札幌でひらかれる
  ことになり、その会場に本を置きたいので選んでいただけませ
  んかと、小森さんからご依頼いただいた。7月に入ったばかり
  のことだった。

   本を置く会場には、瀬尾さんがツイッターに載せている「コ
  ロなか天使日記」
をモチーフにした作品が展示されているとい
  うことで、そういった選書は未経験なものの、作品を発表する
  場に本を置きたいとお二人が思っていることが単純にうれしく、
  すぐお引き受けした。

  「わたし、本、読まないんですよ」と瀬尾さんはよく言う。
  だがそういう瀬尾さんは、日々SNSで積極的に「ことば」を発
  信し、アーティスト活動のなかでも対話を重視する場作りと創
  作をしてきた「ことばのアーティスト」だと思える。さらに
  『あわいゆくころ ー陸前高田、震災後を生きるー』(晶文社)
  という著書をもち、編著『立ち上がりの技術01』(野尾久舎)、
  「二重のまち」「花の寝床」などzineも発行している。 
  アーティストの言葉を額面通りに受け取るものではないと思って
  いるわたしは、瀬尾さんの「本を読まない」という宣言(?)
  についての真意は保留にしたまま選書をすすめることにした。
  古本屋という生業上、本は売るほどあるというか、困るほど
  あることだし。翌日からさっそくお店の本棚、自宅の蔵書、
  倉庫の本をながめてこれはという本を選んでみた。
  美術に関する本、思想書など、どちらかというと評価の定まっ
  た定番の本が多くなった。

   一週間後くらいに「ひとまず選書してみました。見ていただ
  いてもいいですか?」と連絡すると、すぐに瀬尾さんと小森さ
  んがやってきた。机に並べた本を見て、瀬尾さんがまず最初に
  手に取ったのは、『戦争と私』という、仙台で40年前に出され
  た自費出版の本だった。「こういう本に惹かれるんですよねぇ」
  と言って、興味深そうに読み始めた。それはなかでももっとも
  地味な本で、真っ先にそれを選ぶということに軽い衝撃を受け
  た。ほかには「そして、ねずみ女房は星を見た」の表紙がいい
  と何度もなでながら言った。
   ひとしきり本を見た後に席を立って、「これもいいなぁ」と
  言いながらお店の本棚からとった本は「いぬがほしいよ!」と
  いう絵本だった。
  「加えてほしい本とかあれば教えて」と聞くと、「弔いについ
  て書いた本があれば」と言われた。弔い…。
  わたしが選んでいる本と瀬尾さんがいう本は違うものではないか。
  その意味で瀬尾さんはわたしが思っているような「本」は読ま
  ないだけで、違う「本」はたくさん読んでいるのではないかと
  思いあたった。

   このときの時間は選書を完成させる上でたいへん大事な時間
  になった。また個人的にも「本とはなにか?」をあらためて考
  える時間をもたらしてくれた。
  わたしは最初に選んだ本をほとんどやめて、一から選書する
  ことにしてそのためにいくつかの基準をつくってみた。

  *威圧感のない本
  *個人誌、日記、手紙、手記をくわえる
  *無名の人、これまで知られる機会の少ない声を大切にする
  *読む人ががんばらなくて読めるもの
  *今生きている「だれか」の生活と密接な本
  *系統だったセレクトではなく
    小さくバラバラなものが集まっているイメージ
  *既存のジャンル分けにこだわらない

   こうしたことを考えていると、本棚を見る眼が変化するのを
  感じた。わたしは夢中になって、図書館へ行き、本屋へ通い、
  定価で本を書いまくった。
  仕事だと忘れるくらい夢中になった。
  たぶん、瀬尾さんと小森さんはそこまで求めていなかったの
  かもしれないけど。

   最初に話していたときの感じでは展示する本は20冊くらい
  のイメージだったようだ。結果は70冊近くになった。
  本は存在そのものが「意味」なので、冊数が少ないと一冊が
  発する意味が大きくなってしまう。
  多様な意味を持たせるためにはある程度冊数が多い方がいい
  と思った。

   1ヶ月くらい経って、もう一度本を見に来ていただいた。
  今度は迷っている気持ちはなく、見て見てーという気分だっ
  た。集まった本にはどことなく傾向ができていて、これを
  カテゴリー別に分けてみることにした。
  すると、以下の六つができあがった。

  【コロナ禍生活/旅】
  【災禍/営み】
  【ケア/家族】
  【動植物】
  【詩・語り】
  【こども】

  /が入っているものは、と表記してもいい。
  相互に反転するイメージで、ネガとポジの関係として捉えら
  れている。 例えば、コロナ禍生活では旅への希求もまた高
  まるだろうというように。災禍は営みを破壊するものであり
  ながら、その存在を照らすものであるし、ケアと家族も切っ
  てもきれないものだと思う。

   瀬尾さんと小森さんとの対話の中で生まれたカテゴリーと
  その本は、本の中身の優劣やベストな選書であるかはあまり
  問わない。たまたま2020年の今、二人の言葉からわたしが
  見知った本を選んだものなので、1ヶ月後にはまた変わりそ
  うな気がする。

   完成したコロなか文庫のリストを送ると、瀬尾さんと小森
  さんに喜んでいただけたようでひとまずほっとしている。
  そして、「わたしもちょっと選びました」と本を10冊持って
  きてくれた。瀬尾さんの選んだ本を見て、やっぱり瀬尾さん
  は「本を読んでいた」と思った。
   コロなか文庫に二人の選書も加わって、ほんとうに本で
  対話をした気分だ。

           前野久美子(book cafe 火星の庭)




  ★展覧会「ことばのいばしょ」
   フライヤーを火星の庭でも配布中です。

  

  




 「ことばのいばしょ」展は8月22日スタート
     公式webサイトはこちら
  https://sapporo-community-plaza.jp/event_placesofwords.html



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