第9回 たれつきジャケット   バックナンバーはこちら >>>
 
 書肆ユリイカの本を見ていて、現代の量産本と違う印象を受けるひとつの理由は、新刊書店の店頭には置けそうにない要素があるからである。
 たとえば、「たれつきジャケット」がそうだ。これは正式な名称が見当たらないので私が仮に命名したものだが、構造は単純なジャケット装ながら、そのジャケットたるや、天と地が表紙より各1センチ以上も大きめのつくりになっているのである。
 平林敏彦『廃墟』(1951年)、『佐々木好母詩集』(1956年)、森岡貞香歌集『未知』(1956年)、長岡輝子詩・川上澄生画『詩暦(うたごよみ)』(1951年)がそうで、発行から50年を経た今、当然のことながら表紙から飛び出した部分はどれもみな傷んでいる。表紙がハードカバーであることがジャケットの劣化を促進し、ジャケットの用紙は表紙の角の部分から擦り切れ破れていく。特に地の方は救いようがない。立てて配架することが通常の洋装本では、飛びだした部分は折れて擦られるのが必然だからである。架蔵本はほぼ例外なく楮和紙で補修を施している状態である。この部分の紙を傷まないようにしたければ、和装本の帙のようなケースを仕立てて納め、できれば寝かせて別置保存する工夫がいる。
 この「たれつき」にはお手本がある。洋書で、聖書などのように頻繁にひもとかれる書物の造本として、表紙の小口三方を本体より極端に大きくあつらえる方式があるのだ。これを「たれつき本」といい、大きく出っ張った部分が小口に被さって、書物の中身を保護する。ユリイカ本でも、表紙のほうをこのように大きく作った本があり、飯島耕一『わが母音』(1955年)、井口紀夫『カリプソの島』(1957年)がそうである。この2冊は厚い表紙用紙やデザイン、細長い判型の雰囲気も相俟って、実に洋書風である。
 飛び出した表紙が厚い用紙であれば、地の方の傷みは「たれつきジャケット」ほどではないが、それでも傷むことに変わりはない。本の中身より極端に大きい外装というのは、構造上どうしても無理がある。これらの本はいずれも、おそらく発行部数が数百部の限定出版であり、新刊書店の店頭に置かれることを意識していなかったのだろうと思われる。もっとも現在では、古書店の店頭でこれらの本が「立てて」配架されることになり、急速に傷みを進行させているのは皮肉なことである。

 
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平林敏彦『廃墟』

森岡貞香歌集『未知』


長岡輝子詩・川上澄生画『詩暦』

井口紀夫『カリプソの島』
 
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     2005.09.18  第1回 ふたつの『ユリイカ』
     2005.09.26  第2回 『ユリイカ』の表紙絵
     2005.09.28  第3回 有名画家の展覧会
     2005.10.02  第4回 洋書にしか見えないブックデザイン
     2005.10.05  第5回 継ぎ表紙の妙技
     2005.10.05  第6回 赤と黒
     2005.10.05  第7回 鮮やかな配色
     2005.10.16  第8回 切り絵と切り紙文字
     2005.10.26  第9回 たれつきジャケット
     2005.10.31  第10回 細い帯を斜めに掛ける
     2005.10.31  第11回 覆い帙
     2005.11.01  第12回 和風のブックデザイン
     2005.11.04  第13回 渡辺藤一の世界
     2005.11.04  第14回 増刷と異装
     2005.11.05  第15回 全集と双書のデザイン
     2005.11.06  第16回 判型の効果
 

 

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