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 新刊書店の店頭には置けそうにない要素の最たるつくりが、この「細い帯を斜めに掛ける」である。
 安藤喜弘『中原中也の手紙』(1950年)は、帯にタイトルと「小林秀雄 大岡昇平推薦」の文字。たよりない用紙に、なんと活版2色刷の贅沢さ。加藤道夫『なよたけ』再版(1951年)の帯は、著者名とタイトルに「菊五郎劇団により上演!」の謳い文句。初版から2か月後の再版である。この2冊とも、本のひらにはタイトルがない。この帯が切れて処分されてしまえば、面展示はできない外装である。
 現代の新刊本でも、帯は当たり前に掛けられているが、このように細い帯を斜めに掛けることはまずあり得ない。新刊書店の店頭では、平積みにするにしても棚差しにするにしても、とにかく引っかかって切れやすく、こんなに神経を使う商品など、書店の現場からクレームが出ること必至だ。
 この形の帯で、最も鮮烈な効果を上げているのが安部公房の『飢えた皮膚』(1952年)である。帯に印刷されているのは「現実をえぐる抵抗の文学!」というキャッチコピーだけだが、阿部真知画の漆黒の力強い意匠の上を、真っ赤な帯が斜めに横切る様は衝撃的でさえある。
 本書は掛けた帯の両端をジャケットに糊付けし、そのジャケットの全面をセロファンで覆った状態で出荷されたようだ(神奈川近代文学館所蔵本には、セロファンが残っている)。セロファンがあれば帯の保護にはなったろうが、架蔵本はセロファンが失われている。一端セロファンが破れれば、帯も必然的に傷つくことになる。やはり、いくらなんでもこの状態の帯は書店での店頭販売には向かない形である。本書は、古書で出てもセロファンや帯のないものが多いようだ。

 
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安藤喜弘『中原中也の手紙』

加藤道夫『なよたけ』再版


安部公房『飢えた皮膚』
 
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