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 真鍋博が初めて伊達得夫の仕事に遭遇したのは、『稲垣足穂全集』であった。「ムラサキとブルーのクロースを表紙の真ん中で合わせ、上の方にTAROUPHO、下の方にINAGUAQUIと銀箔で押した稲垣足穂全集を見た時、手のなかに宇宙を見た思いで、“一千一秒”も立ちつくしたぐらいだから、こんな本をつくる伊達さんはどんな人かと思」ったという(「忘れられない本」『朝日新聞』1977年12月19日付朝刊)。
 確かにこの書物造形の美しさは突出している。継ぎ表紙で前と後ろの継ぎの位置が違うのがまず衝撃的だが、それは足穂の名の欧文つづりをきれいに納めるための必然的な寸法でもある。背文字の箔押し位置は天地の中ほどに据えられ、まるでルリユール作品(1点制作ものの製本工芸作品)のようだ。宇宙を思わせる配色も美しい。
 伊達作品のブックデザインには継ぎ表紙が多い。なかでも、赤と黒の配色で作られた継ぎ表紙が特に。『稲垣足穂全集』のように段違いの位置にしつらえたのが、加藤知世子句集『冬萌え』(1953年)で、背の部分を狭く取ったのが岩田宏『いやな唄』(1959年)である。同じ年のクリスマスに発行された田中清光『黒の詩集』(1959年)も、赤と黒の継ぎ表紙だ。
 背が赤でひらが黒というパターンの継ぎ表紙作品の中で、私が最も気に入っているのが堀内幸枝『不思議な時計』(1956年)である。長細い判型とラベル貼りのカット入りタイトル紙、背文字の位置もバランスがいい。この本は窓あきの機械函におさまり、タイトル紙が見えるようになっている。そして、この画像でわかるかどうか……本文は紺色のインキで印刷されているのだ。なんてお洒落な書物なのだろう。
 一風変わっているのが山本太郎『ゴリラ』(1960年)の表紙である。同じ赤と黒の継ぎ表紙でありながら、伊達得夫の手にかかると『黒の詩集』や『不思議な時計』のように繊細な風体に仕上がるかと思えば、こんなに力強いデザインにもなることができる。継ぎの位置、用いる素材、本の判型と厚さ、タイトルの長さなど、様々な要素をバランスよく勘案して、それぞれ内容に相応しい造本ができあがる様は、見事というほかない。
 背が黒でひらが赤という作品もある。東博『蟠花』(1957年)、そしてミショオ『プリュームという男』(1950年)。『プリュームという男』は、ひらに印刷してある文字がそれぞれ天と地のギリギリである。こんな位置に指定されたら、印刷所や製本所がさぞかしいやがることだろう。数ミリのズレが致命傷になってしまうからだ。この配置が今の私たちの目に新鮮に映るのは、現代の印刷製本ではそうした現場の事情から敬遠され、あまり行われないせいである。多少ズレても支障のないデザイン、手間がかからず速く安くできるつくり……そんなことばかりを追求するから、書店の店頭に並ぶ本はみな、どれも同じような顔になってしまう。
 
 
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『稲垣足穂全集』第2巻表紙


加藤知世子句集『冬萌え』表紙


岩田宏『いやな唄』表紙


田中清光『黒の詩集』表紙


堀内幸枝『不思議な時計』表
 

堀内幸枝『不思議な時計』本文


山本太郎『ゴリラ』表紙


東博『蟠花』表紙


アンリ・ミショオ著 小海永二訳『プリュームという男』表紙
 
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     2005.10.02  第4回 洋書にしか見えないブックデザイン
     2005.10.05  第5回 継ぎ表紙の妙技
     2005.10.05  第6回 赤と黒
     2005.10.05  第7回 鮮やかな配色
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