第11回 覆い帙   バックナンバーはこちら >>>
 
 これも、新刊書店の店頭では扱いに困る形だろう。和本の帙のような形でありながら、とめる部分はこはぜ(ツメ)ではなく紐である。現代の出版物ではまずなじみのない形で、名称もないため私は取りあえず「覆い帙(おおいちつ)」と呼んでいる。
 本の出し入れには紐をほどいたり結んだりしなくてはならず、こんな造本の書物が書店の店頭にあったら厄介きわまりない。そもそも、ほどいたり結んだりを繰り返すことで、紐は確実に傷んでいく。こうした書物を家で保存する際、紐類は通常、結ばないでおくのがよい。
 とめる素材に紐を用いたのは、材料費を安価に抑える工夫であろう。小海永二『風土』(1956年)や岸田衿子『忘れた秋』(1955年)の覆い帙の素材が板ボールではなく段ボールであるのも、経費節減の方策と見られる。タイトルを印刷した紙を貼ってあるのがお洒落で格好良いが、発行から50年経過した現在、段ボール素材の劣化状況は甚だしい。
 この造本を選択した伊達得夫にしてみれば、まさか50年後にこれらの出版物が古書業界で珍重されて、劣化状況を嘆かれることになろうとは、予想すらしなかったに違いない。いずれにせよ、現代の古書店主や古書愛好家は今後、これらの書物をいかに後世に伝えるかについて、頭を悩ませなくてはならない。
 覆い帙の素材は、段ボールだけではない。板ボールを使用したものもある。小海永二『峠』(1954年)や岸田衿子『らいおん物語』(1957年)はやや厚手の板ボールを使用し、ひらには図版入りの大きな標題紙を貼付してある。
 この種の覆い帙で豪華なのは矢代静一の戯曲『絵姿女房』(1956年)であろう。継ぎ表紙風に背の部分は別の色紙を用い、ひらの部分は色鮮やかな木版摺りの千代紙を貼ってある。ひらの中央には、更に真っ赤な用紙にタイトルを印刷したラベルを貼付している。本書は別にこの覆い帙ごと納める被せ函まであって、凝ったつくりであることが知れよう。覆い帙がもともと和装を連想させる構造であるだけに、こうした和の雰囲気の書物にはことさらによく似合っている。

 
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小海永二『風土』


岸田衿子『忘れた秋』


小海永二『峠』


岸田衿子『らいおん物語』


矢代静『絵姿女房』
 
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